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クワイ河に虹をかけた男

お客さんたちは2時間にわたり食い入るようにスクリーンを見続けていた。それほど圧巻の映像だった。



一生をかけて戦争と正面から向き合い続けた、永瀬隆と佳子の記録が、私たちの知らない日本人の姿を浮き彫りにしていく。画面の中の永瀬は命を削りながら語り続ける。

死ぬまで許すことができない憎しみとその修復。謝罪や和解だけでは終わることができない、関係性。

紛争の解決とは、まるで特効薬のような何かで、突然病気が治るように、ある日を境に完了するものでは決してないのだろう。修復とは、消し去ることができないその記憶と歴史を保ちながら、人間同士が関わり続ける、いわばメインテナンスともいうべき、ひとつの持続的な実践なのだと、映画を見ながら強く思った。

そして、その実践のみが不可能を乗り越える。

この映画の中で永瀬隆と佳子は死を迎える。しかし同時に私たちは、この映画の監督である満田康弘や若い登場人物である佐生有語が、同じように自分の人生を使って、永瀬との関わりを私たちに繋いでいることを、映画の中から感じる。この映画自体もまた、次の世代へと受けわたすメインテナンス実践なのである。

そして、その実践のみが一生の時間を乗り越える。

まだこの映画を見たことがない人は、ぜひ上映の機会をみつけて見てほしいと思う。DVDは出ていないけれど上映会を開くことはできる。
https://www.ksb.co.jp/kuwaigawa_movie/index.php
すぐには難しければ、まず本を読んでほしい。いままでだれも教えてくれなかった事実に驚かされれるだろう。
「クワイ河に虹をかけた男―元陸軍通訳永瀬隆の戦後」

映画の後に、監督の満田康弘氏と、映画に出演している佐生有語氏と食事をしながら話をうかがった。それはとても楽しい時間だった。先日のアメリカでの滞在を思いながら、出会うこと、語ることが、生きることなのだとぼんやりと考えていた。



むろん、もしそれが幸せな出会いであれば幸せな記憶を残すが、かりに不幸な出会いであったとしても、それでも、人と出会う事こそが人が生きることなのだと思った。

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